第二十話「uncontrollable」

コントローラブルできてるまともな人は振られ、アンコントローラブルなアホどもはなんかモテモテ、という巷ではあまりみない価値観を堂々示した一編。

 特にサッカー野郎関係が素敵で、カイくんの物分りのよさと対照して、世の中、相手の気持ちを推し量れるいいやつよりストーカー的に自分の気持ちを押し付けるやつのほうがいい目をみる、という希少価値と、社会常識におもねない大胆さのある、すごいメッセージを出している。たとえるならば、愛があるなら相手が拒んでも押し倒したっていいじゃん、という感じである。普通の話ならば、そういうことする男はぶん殴られてふられるものだけど、そこでそのままカップルになりかねないのが、このサッカー野郎パートの興味深いところ。まあこれは、相手が二見さんという極度に対人経験の薄い相手だから成功した(しそうな)作戦であり、作品の世界観としてこれが支持されているわけではない、のかもしれないが、そういうつもりならば、無知ゆえに詐欺にずるずる嵌っていくヒロインの悲劇を延々見せられる視聴者の気持ちにもなってほしいものだ。女たらしの男に騙された娘が騙されたまま死ぬ(それも娘を救うために男を殺そうとした自分の父親に殺される)という悲惨きわまる結末で有名な『リゴレット』がそれでも許されているのは、それが物語が音楽に奉仕するオペラの特権であり、悲惨さを超えた美しい音楽を堪能させてくれているからである。
 
悲劇といったら、コウイチのほうも、きな臭い。というか、星乃さん振られる準備万端じゃないか。まあこちらは、それこそ美しい悲劇でまとめられそうではあるが、コウイチがどうやって星乃さんを振るか、あるいは、どうドラマチックに星乃さんが身を引くか、が眼目かねえ。心情的にはコウイチがマオによろめきかけるが、コントローラブルに立ち直ったマオにさとされ再度戻る、あたりが理想的なんだが(ようするに、美しく振られる、はマオの役になる)、時間的にどうだろう?