第十二話「ライブアライブ」

すまない、これのどこが面白いのか解説を加えながら放映してくれ。

 ここに至る人物像の変遷が見えないから、傍若無人、無神経鈍感無配慮のハルヒがいきなり常識人よろしくうろたえてたのは、何か悪いものでも食べたのかとしか思えないし、ロトスコープを使ったみたいな演奏シーンは、正確なだけで面白くない、というよりむしろ、気持ち悪い動きになっている。実写的正確さとアニメ的リアルの間には広くて深い川があるのだ。楳図かずおキャラみたいに顔をゆがめて歌うハルヒの顔なんか、どちらといえば、などというまでもなく、ただのホラーの映画のそれである
 ラストの心情吐露もただの絵解き台詞の連打で寒い。つーかその次の「射手座の日」と全く繋がらんぞ。
 それにあれだ、ハルヒの力やその発動条件がいまいちはっきりしないから、いかにもとってつけたような軽音部メンバーの負傷が、ハルヒの無意識の所業ではないか、という疑惑が最後まで拭えない。あるいは古泉が背後で手を回しているとか。
 つまり、青春ものドラマとしては全く成立してないのである。萌えアニメとして成立しているかというと、楳図顔に萌えられる人には成立しているのだろう。

 保護者気取りのキョンもなんかキモい。おまえはいくつだ。精神年齢は三十台か?

 ハルヒ以外でいうと、メイド喫茶の制服は、スタッフの胸の形に合わせていちいち裁縫しているのか? 松岡由貴キャラの動きは痙攣しているみたいで異様だし、そのディズニーキャラ調の微細な動きと異常な量の髪の毛は明らかにそぐわない。ここでも演出や作画と、設定レベルとの齟齬が見られるな。このシリーズはこれが定番なのか?

 古泉がやっていた芝居「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」は、文学に疎く、件の戯曲や映画版を見たことない俺ですら、そういう話じゃないことはわかる。わざわざ持ってきた意味があるのか? それとも古泉はナル全開で独りよがりなアドリブを決めるキモいやつという描写なのか?

 美輪明弘とレイザーラモンには許可を取っているのかというのはまあいいや。軽音部にぢゃっぢゃーんのひとがいたっぽいのは、ちょっとしたノスタルジアではあったな。
 
 そういえば、キョンのナンパになんぞ興味はないというくだりは、あれはいいね。だって、キョンはもう満たされてるんだから、ナンパなどはする必要はないのであるから。けっして、「女になんて対して興味のないクールな俺様」アピールなんかではないのである。

 そんなこんなで次回は「憂鬱Ⅴ」。どうやら全十四回らしいので、あとは続けて見られそうである。もうかなりどうでもいいが。


――追記――
本稿にもコメントがあった。詳細はこちらで。