第六話

 「最後の平穏」と「崩壊の始まり」という強烈なエピソードの二本立てで、シリーズのターニングポイントを狙った回と言えるわけだけど、展開やら作画やらが状況のもたらすすべての緊張感を台無しにするレベルでゆるゆるなので、まったく盛り上がらないという、衝撃的というよりは致命的といいたくなるような回でありました。もちろん、まったく衝撃的でなかったのかというとそうではなくて、衝撃的な展開なのにまったく盛り上がらないこともある、という意味でとても衝撃的な回ではあったわけだけど。
 たとえば、前半の「デート」部分での、雨さえ降っていれば町は歩ける、とか、これは後半の伏線でもあるにせよ、ここがあるせいで、後半の襲撃パートでの緊張感が七割減なわけである。雲を透過してくる太陽光線が平気ならば、カーテンでも頭からかぶって逃げればいいじゃんと思うのが普通だろう。
また、まつりの、四百年生きてきて、とか二百年前は、とかいういわば年輪を感じさせることをねらった台詞も、そこに至る言動のすべてがまったく年輪を感じさせたことが皆無なので、これまた逆効果なのではあるまいか。言ってることにまったく実感が伴わない、というのは「ふかし?」と思うまではいかなくても、そのキャラクターへの共感や愛着を生む材料にはまずならないし、長命者なのに子供っぽいという「落差が生む萌え」を狙っている、という作り手の製作意図のみを感じとって白けるひともいるだろう。文楽よろしく演者の動きも含めて見世物というならばともかく、普通に物語とキャラクターを楽しんでもらいたい作品ならば、作り手の姿は隠したほうがいいように思う。

 藤原啓治のキャラも律儀な保護者だったりルーズで嗜虐的な狩人だったり、責任感で仕方なくマツリを襲う基本いい人だったりといった、場面ごとに異なった相貌を見せるのが、一人の人間の多面性というのでなく、たんにシナリオライターが場面場面で適当に台詞と行動をひねり出している結果に見えるのがどうにも。まだいろいろと視聴者に隠している要素が多いキャラだから、その行動がまるで支離滅裂のように見えるのも計算のうちなのだろうが、いくら話が進んでも一貫したものがまったく見えてこない(どころか進めば進むほど矛盾が広がる)のは、果たして計算どおりなのかしら。



 映像的にも、変に首を突き出してうすうす歩く藤原啓治や、ただ転げ落ちるでなく、誰かにぶん投げられたか、ジェット燃料を噴射でもしたかという勢いで階段上空を斜め下にすっ飛んでいくコヨリ、など映画でいうとNG集向けな微妙なシーンが多くて困る。バトル終盤の階段を上がってからのシーンなんかは、最初にマツリが板張りの扉を背にしているのに、その後移動した描写はないのに、となりのステンドグラス張りの扉のほうに移動したりしている(*)。
 こういうのは、あとあとなんとか誤魔化せるものではあるから、あまりいっても詮無いことかもしれないが、細部の粗雑は往々にして全体への興味を失わせるものでもあるから、しっかりしてほしいところ。
 
 真名さんが、明らかに家が荒らされているのに「開けっ放しにしてもう!」っていうあたりは、もうギャグの領域である。彼女は、あくまで「外部・日常」担当でいないとならないのだろうから、馬鹿がつくぐらい鈍感でなくてはいけないのかもしれないが――弟ラブなお姉さんはどうやら、本格的に話に参戦してくるらしいしね。
しかしお姉さんの参戦は、キャラ的に陰湿どろどろ嫉妬の押収展開回になりそうでなんかいやだ。コヨリさんは、折鶴の降り方を知ってるぐらいなのに、仕掛け舟の秘密がわからないのは……あ、わからないふりをしていたのか! 大人ですね。

 それにしても、大きなテーマである「マツリが空を見る」に関しては、ここまで何度もイメージシーンで空を見るシークエンスを描いてしまった以上、クライマックスでは本当に見ないと収まりがつかないですな。夜禍人というのが呪いとかなにかの条件で普通の人間に戻れるみたいな安易なものでもない限り(やりそうでちょっと怖いが)。


(*)最初見たときわけがわからず、何度か見直して、ようやく理解しました(画像はこちら。別にウィンドウが開きます)。
録画を持っている人は見直してもらいたいが、最初マツリが背にしている扉〔①〕は、階段を昇って正面のものである〔②〕。
 しかし、次に背後が映るカットでは、一連の流れではマツリは座り込んだままなので移動はできないはずであるにもかかわらず、どう見てもステンドグラス〔③〕。
 単なる間違いのようにもおもえるが、そうではない。次のシーンでマツリはその扉を開けて攻撃を逃れるわけだが〔④〕、これは、階段の正面の扉ではない――わざわざ向きを変えてやってきた藤原啓治の背景に注目〔⑤〕。
 つまり、マツリは真正面から複数のダーツの攻撃を受けて後ろに逃げたのではなく、わざわざ飛び込み加減にむかって左の扉へ走り、行人の部屋へと逃げ込んだ、というわけである。③の背景を板張りに変えれば、映像的な矛盾はなくなるが、行動が無理筋になる、という困ったものである。