劇場で見て、DVDも買っているので、わざわざみる必要もないのに、つい日本テレビにチャンネルを合わせていました。ちょうど帰ってきた妹と一緒に、強引な展開に突っ込みを入れたりしつつ、結局最後まで見てしまったのですが、いやあやっぱり面白いですね。

 目茶苦茶なストーリーや、ダイジェスト版のようなドラマ展開に対する違和感が消え、というかそのへんがどうでもよくなると、宮崎駿が見せたかったものがダイレクトに見えてくる。そしてそれこそが、このアニメの真の魅力といえるでしょう。

 それはたとえば、原作を丸無視して押し込んだ「戦争」にたいする執拗な描写(宮崎監督が幼少時に体験した戦時下の悪夢の遠いこだまなのでしょう)であったり、アノマロカリスのような飛行艦に代表される巨大殺戮兵器への偏愛であったり、獣化して戻れなくなる魔術師たちであったり、「慈愛と破壊の混沌」たるサリマンの「影の兵」による優雅で綺麗で冷酷無比な荒地の魔女への攻撃であったりします。

 意外に気付いている人が少ないみたいですが、作品の通奏低音をなすのは愛とか希望とか勇気とかそういうものでは全然無く、死と混沌と恐怖と破壊へのほとんど帰巣願望に近い想いであるという、素敵な事実がここにはあります。
 もちろん宮崎作品を語る際に忘れてはいけない、少女への愛情と崇拝と思慕もここにはあるのですが、そこに関してはいつもどおりであって、特筆することは無いといえるでしょう。ソフィーが髪を切って「いつもの宮崎ヒロイン」な髪型になったとき、ああまたか、とか、やっちゃった……と思った人はたくさんいても新鮮な感動を受けた人はまずいないだろう、と言うのが決して無理な想像でないぐらいに、見慣れたヒロイン像であり、見慣れた愛情のかたちなのです。だからここはこの際、いつもどおりということでさっさと通り過ぎて構わないでしょう。

 そういうわけで「戦争」です。ここまで自分の内面に正直なアニメを宮崎駿は多分いままでつくっていなかった。漫画では描いてますし、映画でも紅の豚がいくぶん近い位置にいますが、漫画は不思議と宮崎の作家性の一般的な評価に影響を与えていないですし、豚のほうはまだファミリームービーのフォーマットを崩していなかったのです。つまり宮崎の本質がもっとも一般に受け入れられやすい形で作品化されたのはあるいはこれが初めてといえるのかもしれません。
 ここでは物語の結構などおかまいなし、破壊と殺戮と戦争を描きまくっている。恋愛話が唐突なのは「どうでもいい」からに他なりません。
 この箍の外れかたは海の向こうのメガヒット変態監督スピルバーグの『A.I.』でのはじけっぷりを連想させます。そういえばスピルバーグもその受け入れられ方(希望とか夢とか愛とか平和とか)とはまるで違う、死と破壊と戦争と殺戮になみなみならない興味を抱く人でした。

 『A.Ⅰ.』はアメリカ本国では大コケしましたし、『ハウル』もヒットしたわりには評判が良いとはお世辞にもいえません。お話の目茶苦茶さが否定材料になるのはわかるのですが、それ以上に、みんなの宮崎(スピルバーグ)像からその作品が大きく逸脱しているところに、その不評の原因があるように思います。
 が、よく考えると宮崎の作品は『風の谷のナウシカ』の映画版にしたところで殺戮と破壊、そして戦争は欠かせない要素でもあったのでした。冒頭のトルメキア侵攻のエピソードを思い出してください。たった一人で数十人を「怒りにわれを忘れて」撲殺し、死体の山を作る主人公、それがナウシカです。その俊敏なストーリー展開と卓抜の演出力で、視聴後の印象は驚くほど爽やかですが、スクリーンの向こうには大量の死者が横たわっている作品でもあるのです。ペジテの悲劇を忘れるな、というところですかね。ラステルの身になにがあったかを考えるのは物凄く映画の後味が悪くなるのでやめておいたほうがいいです。

 『ハウル』の混沌あるいは失敗(と感じられるもの)は、宮崎駿にかつて程の天才がなくなってきたがゆえに「ごまかせなくなった」こと、そして「ごまかす気もなくなった」こと、この二点に起因しています。しかしそれは、宮崎駿の作品史において、異端視するようなものではなく、むしろ正統本流の真打とでもいうべきものであるのではないでしょうか。



(追記)この稿は実は、ゲド戦記の予告編をこきおろすためのイントロのつもりだったのですが(原作の大ファンなので)、長くなったので止めます。しかしこれだけは言っておきたい。
 
 ル・グィンの原作未読の方へ。

 予告映像の中に、原作最終巻クライマックスっぽい場面のカットがありました。あれが予想されるとおりの場面だとすると、シリーズ全五巻を締めくくる最も美しい場面、そして大きな謎の真相を、原作の流れとまったく関係ない、あるいは大きく改変されたかたちで見せられることになります。
 見る予定の人はいまからでも遅くないのでシリーズを先に読んでから見にいきましょう。映画を見てからでは遅いですよ。